5/17オンエアのテレビ朝日「タモリ倶楽部」では人見街道や品川道などの関東古道が紹介されていましたね。
しまった! 私も最近では江戸街道に加え、鎌倉街道や律令官道にも興味が向いてきていたトコロだったのですよ。なので関東近辺の鎌倉街道を探しては歩くという日々だったのです。
しかもゲストが荻窪圭さん! そしてチラッと出てきた芳賀善次郎さんの著作! 元ネタが全部同じだ! ええと、その辺についてもまた近いうちに書きたいと思います。
さて先日、仕事の関係で埼玉県の奥、秩父の方に行ってきました。しかし、仕事は午前中で終わり。昼頃に最寄りの駅まで送って頂きましたが、さてどうしたものかと考えながら、最近見たある映画のことを思い出していました。
その映画は「のぼうの城」。そう、犬童一心さんと樋口真嗣さんのダブル監督で制作された、五月上旬のTSUTAYAレンタル順位一位で話題となっている、昨年公開の邦画です。
近年の邦画として色々と記録を打ち立てたり賞を取ったりしていたようで、気にはなっていたのです。もちろん見るつもりだったのです。樋口監督にもスクリーンで見ますと言っていたのに、公開していたのは昨年末。丁度「五右衛門ロック3」の稽古から本番という忙しい時期。結局劇場では見られませんでした。
そんな経緯があったもので、先日やっとBDを買って拝見しました。ちゃんと買いましたよ! 樋口監督!
そしたら! やっぱり面白くて、劇場で見なかったことを後悔しました。邦画にしては近年稀に見るスケール感、そして泥臭さ。特撮・CGの素晴らしさは言うまでもなく、史実に基づくストーリーの面白さもさることながら、俳優陣の生き生きとした演技も印象的でした。
そして、この映画のもう一方の主役といえるのが舞台となった「忍城」ではないでしょうか。天下統一を目前にした豊臣秀吉が最後の敵である北条氏を包囲した小田原征伐において、唯一落とすことのできなかった忍城攻防戦を描いたこの映画。題材としてはまさにこの一点に集中した作品ですが、それを巡る敵味方武士農民をひっくるめた人々の心理を丁寧に痛快に描いた快作です。
その舞台である忍城、行田市、水攻めのための堤。それらの土地の描写が秀逸で、それが故に土地そのものが主役となり得る作品だったと思うのです。実際のロケはほとんど北海道だったそうですが。
そんなコトを思い出しながら、埼玉奥地で放り出された正午。まだ時間はたっぷりあります。だもんで、最寄りの駅から秩父鉄道行田市駅を目指すことにしました。いや、よくあるんですよ、ドラマ撮影後の現地解散。ロケバスに乗ってスタジオに帰るのが大半なのですが、撮影半ばで出番が終わった場合、現地最寄りの鉄道駅で解放されるコトも多いのです。大好きです、現地解放。むしろ願ったりです。これ幸いと観光して帰りますから。
さあ、そうと決まれば行田市駅を目指しましょう。とはいえ、本数の少ない秩父鉄道ですから注意は必要です。単線の秩父鉄道に揺られながら到着しました行田市駅。現在は行田市ですが、かつての忍藩、廃藩置県の明治四年には三ヶ月だけ忍県となった土地です。ここ行田市駅前には市役所などの行政の中心と共に「忍城址」があります。歴史の古い街だけあって、全国一位を誇る足袋生産地などの地場産業もありますが、「のぼうの城」公開後は観光地としての忍城が重要になっているようです。
では、駅前から忍城を目指しましょう。といっても歩いても10分ほどで着く近場です。途中には土蔵や案内板や石碑が整備されていて、実に丁寧に観光案内がされています。
駅の南西方面にある市役所裏に忍城址はあります。
そこに至るまでに歩いて判るのですが、実に真っ平ら! 利根川と荒川に挟まれた扇状地ですから本当に真っ平らなのです。それが故に沼や堀を要害とした水城です。平城には海を一方とした水城が多いのですが、これほどグルリと周りを平野で囲まれた平城は松本城とこの忍城以外を知りません。知らないだけでしょうが。いやもう、平らさに関しては日本一かもしれません。勝手に決めましたけど。だからこそ「忍の浮城」とまで言われるのでしょう。
裏手の駐車場辺りのひときわ高く土塁が積まれていているのが本丸跡。
現在は再建された「御三階櫓(天守代わりに使用された)」が唯一城っぽい風情を醸し出しています。敷地内には「行田市郷土博物館」があったり、少し南には堀跡を利用した「水城公園」があったりするのですが、今日は行きません。他に行きたいところがあるから!
もちろん行田市最大の歴史遺産と言えば「さきたま古墳群」。埼玉県の名前の元ともなったエリアですが、こちらにも行きません。他に行きたいところがあるから!
その行きたかったところというのがこちら。
ええと、なんでしょうか。やけに幅のある中央分離帯でしょうか。ただの田舎道のようにも見えますが、この土手のようなモノの正体はこちらです。
石田堤? それはなんじゃろうとお思いになるあなたには是非「のぼうの城」をご覧頂きたい。忍城攻めの総大将は石田三成。その三成が水攻めをするために全長14kmとも28kmとも言われている人工堤防を築いたのですが、その現存する一部がこの「石田堤」なのですよ!
ちなみに右側の黒っぽい石碑が碑の本体ですよ。慶応二年に名主増田五左衛門が建立したモノだそうですが、字はほとんど削れて読めません。江戸末期には既に堤が壊されて消えつつあったようです。
場所はこの辺り。
緑の矢印の方ね。さすがに行田市駅からは距離が離れすぎていたのでタクシーで向かいましたが、その運転手さんに連れて行かれた場所がこちら。
こんなのがあるんですね。一応観光名所にはなっているようです。とはいえ、言われなければただの土手に見えてしまうのではないでしょうか。
それもそのはず、石田堤は何もないところから築いた訳ではなく、既存の土手や微高地を繋いで数m盛り足しただけだそうで、それがゆえに一週間ほどでできたのだそうです(実際にはもっと工期は長かったようですが)。
ここから堤沿いに南へ行き、忍川を渡った鴻巣市側に行きますと、なにやらもっと整備された公園があります。これが「石田堤史跡公園」。そこにはこんなパネルが埋め込まれていました。
その左下の地図が石田堤の図。こちらを拡大して読みやすくしてみましょう。
こちらは清水雪翁が大正二年に描いた「石田堤現存図」。大正になるとさらに堤は削られていったようです。さすがに見にくかったので、描かれている石田堤を緑色で書き足してみました。
今、私が居るのは右下の大きく張り出している辺り、堤根村と呼ばれていた土地です。地図からも判る通りココが最下流となり、この辺りに水が溜まってしまって忍城は大して水没しなかったそうです。そして、堤防が決壊したのもこの辺りと言われています。
現在では約300m程しか残されていませんが、鴻巣市の石田堤史跡公園にはかなり綺麗な形で残されています。
手前の白壁部分は断面図。ガラス部分は断面を直接見ることができます。復元ですけど。ちなみにこの上を上越新幹線の線路が通っています。
その高架下にはこんな絵も飾られていました。
三成が本陣とした丸墓山古墳(さきたま古墳群にあります)から見た水攻めの想像図ですね。まさに映画で見た通りです。なお「大一大万大吉」は三成の旗印です。
しかし!
ここで私は言いたい!
本当に三成は水攻めがしたかったのか、と。
石田三成は内政のみが得意で戦下手だという評価が固定しています。「のぼうの城」でも三成自身がそう言っています。確かにほとんど実戦経験はありませんでしたから、戦は得意ではなかったでしょう。しかし、それにしても忍城を水攻めにしようと発想するのは無理があります。
「五右衛門ロック3」で石田三成を演じるに当たって読んだ参考資料に「石田三成からの手紙」(中井俊一郎著・サンライズ出版)があります。この中に紹介されているエピソードとして、忍城攻めに向かった三成から上司宛に「諸将が水攻めを決め込んでいて攻め込まなくて困る」と書状を出し、後日秀吉から三成に「水攻めが上手くいったら私に見せるように」との書状が送られていることが検証されています。
これらから、三成は水攻めなどせずに力押しにした方がいいと思っていること、そして秀吉は備中高松城の水攻めを再現して坂東武者に力を見せつけたかっただけではないかということ、などが推察されています。
要するに、水攻めは秀吉の命令で、三成はしぶしぶその指示に従ったのだという可能性があるのです。
実際に現地を見てみて、あまりの真っ平らさ加減に水攻めの無謀さが痛感されました。すぐ横を山に囲まれた備中高松城とは状況が違いすぎます。これでは水を溜める範囲が大きすぎて効果がないだろう事は簡単に推察されます。
三成は秀吉の命に従い無理を承知で水攻めを決行し、やっぱり無理で忍城攻めに失敗したのではないか。あえて汚名を着たのではないか。そんな気がしてならないのです。それは、三成びいきの引き倒しかもしれませんがね。
石田堤史跡公園の南方で、現存堤はふっつりと切れていました。かつては農地に、現在は住宅地としてほとんどの堤は削られてしまったのでしょう。
堤が途切れた先の農地ではネギが栽培されていました。
近所名産の深谷ネギかもしれません。
そういえば深谷近所の寄居サービスエリアには深谷ネギラーメンがあるそうですね。そりゃ旨いに決まってるよ! 食べてみたいものです。
ちなみに、石田堤史跡公園に行くだけなら、秩父電鉄行田市駅よりもJR高崎線吹上駅か北鴻巣駅の方が近いですよ。私も帰りはこちらを利用しました。
そんなこんなの埼玉探訪記。「のぼうの城」のディスク発売は5/2でして、現地でもこれを機に観光気分が再燃しているようです。たまたまではありますがタイムリーに行田市を訪れることができてラッキーでした。「のぼうの城」未見の方は是非一度ご鑑賞を!